【空き家利活用】飯田市に残る“二本松遊郭”の痕跡

飯田市に、“遊郭だった建物”が今も残っているのを知っていますか?
先日、その現存する建物の1つを、息子と一緒に掃除してきました。

かつて飯田市にあった遊郭は「二本松遊郭」と呼ばれていたそうです。

日本全国、どの土地にも歴史はあるとは思いますが、以前住んでいた川崎ではそんなことを感じたことはほぼなく…

そう考えると、飯田のいいところは、歴史を身近に感じられるところなのかもしれません。

なぜ、今回このような素敵なご縁をいただいたのかというと、今年の3月に開催された空き家活用エアビースクールのOB会での出会いがキッカケです。
この建物の現在の所有者の方が、同じくエアビースクールの参加者で、OB会をキッカケに交流が深まりました。

空き家バンクを通してご購入されたそうですが、もちろんその際は「遊郭」などという表現はなかったそうです。
ただ、建物に入るとわかるのですが、部屋の配置や作りが特殊だったりします。

ちょっと面白かったのが、権利書か登記簿が「和紙」だったということで、そこにも時代を感じました。

この建物は、いわゆる二本松遊郭のメインストリートより離れているようで、おそらくそのため飯田大火を免れて残っているのだと予想しています。
ちなみにメインストリートの入口とされているのが、仲ノ町の天満宮(普門院跡)付近で、ここに二本の松があり、これが遊郭の入口の目印だったそうです。だから通称「二本松遊郭」なのだとか。

どうやら飯田の遊郭は少なくとも明治15年には開業していたとあります。
地元の権力者や警察も一緒に「作ろう」となったような歴史があり、当時の飯田町の人口は1万人未満だったそうですが、商人をはじめ、多くの人の行き来があったため、余裕で成り立っていたみたいですね。

僕が知る限り、飯田の遊郭が注目を集めた1つの話は「阿部定事件」ではないでしょうか。事件を起こす前に、飯田の遊郭で働いていたそうです。

ただ、その遊郭も時代の流れとともに風前の灯火となり、法律ができてからは旅館などとして業態を変えていった(もしくは変えたふりをして営業していた)みたいです。
実際に今回お邪魔した建物にも、昭和の旅館として営業していた際の名残を感じるものが残っていました。

ちなみにせっかくこのような歴史を感じる建物にお邪魔するわけなので、いろいろ調べてみようとChatGPTのdeep researchでめちゃくちゃ検索してしまいました。
調べれば調べるほどおもしろく、これはそのうち、飯田図書館に行ってWEBにはない情報も読んでみたいなと思うくらいです。

以前住んでいた川崎にも面白いことをしている人はたくさんいると思いますが、ちょっと動くだけですぐに出会えてしまう飯田は本当にいい街だなと感じました。

今回、このような素敵な出会いで、歴史を感じる建物にお邪魔することができました。
持ち主のSさんをはじめ、ご一緒した皆さまにも感謝しております。

ABOUTこの記事をかいた人

1985年生まれ。コピーライティングを武器に23歳で独立し、2008年から自営業としての道を歩み始める。2013年に法人化し、2020年3月からは長野県飯田市に拠点を移す。現在は伊那谷(飯田市・伊那市周辺)を中心に、ホームページ制作・ランディングページ制作・各種デザイン業務・LINE活用支援などを通じて、地域の企業や個人事業主の売上アップを支援している。単にホームページを制作するだけではなく、コピーライティングの視点を活かしながら、ホームページやランディングページといった「入口」から、商品購入やお問い合わせといった「ゴール」までの導線を設計。CVR(コンバージョン率)の改善を意識したWEB導線の構築と改善を得意としている。 プロフィールはこちらから確認   会社HPはこちらから確認